最終回 総括
はじめにエンジンありき
ツアラーというカテゴリーにおいては独壇場に立つ BMW。だが、ハイエンドクラスのビッグツアラーの市場は世界的に見ても大きいとは言えず、積極的に専用機を投入するのはホンダとカワサキ (それでも少車種) ぐらいで、他メーカーの参入は消極的というしかない。せいぜい現行車に大型スクリーンやケースを追加してライポジやシートを手直しした程度である。ありていに言えば、開発・生産コストの割に数が売れないのでメーカーとしてはおいしくない。ユーザーやメディアの注目度が低くても無理はない。
しかし、本誌をはじめとする二輪専門誌をはじめ、二輪ポータルサイトや個人ブログなど様々なメディアで情報がとびかう K1600GTL。近年、メーカーを問わずこれほどニュースとなるバイクは珍しい。6気筒エンジンという非常にわかりやすいアイコンは恰好のネタであり、ツアラーに興味や関心すらなかったユーザー層からも注目を集めることに成功している。仮に4気筒エンジンなら、たとえ 2000cc であってもここまではなかったはずだ。
想像だが、K1600GTL のパッケージングは、BMW 社内の新型車企画プレゼンでも、上層部にアピールしやすかったのではなかろうか。したがって、その商業的成功は新型6気筒エンジンの出来映えいかんにかかっていたといって過言ではないだろう。そのエンジンたるや、試乗記でも異口同音に伝えられるように、そもそもがバイエルンの航空機エンジン屋たる BMW の真骨頂とも言える出来栄えである。これでは車体開発チームも負けていられない。
6気筒エンジンを生かせる車体とは
「細くて小さくて軽い」というのが初見の印象だ。普段からフル装備の GT / RT や GS などに囲まれて仕事をしているせいか、初めて K1600GTL を見たときもさほど大きいとは感じなかった。BMW の従来モデルや他社ツアラーと比べれば確かに重いが、トップケース等の装備品を差し引きすれば、その差は大きくない。フラッグシップに要求されるものはすべて投入し、ツアラーとして必須の能力も充分以上に装備しながら、この車格と車重にまとめたのはちょっとした驚きだ。見た目にも、大きさや豪華さを強調することなくスリムでスポーティさを打ち出している。
クランクシャフトの長いエンジンを横置きした車体でまともに走らせるのは容易ではないうえ、ツアラーの資質も最上でなければならない。6気筒エンジンを理由に巨大で鈍重だが豪華絢爛なツアラーという方向に逃げる手もあっただろう。しかし、エンジンチームが (補機類も含めて) 小さく軽い6気筒エンジンをひねりだしたことで、それを思い切り楽しめる車体設計という難しい課題と向き合いつつ、今までに存在しなかったメガ・スポーツツアラーとしての方向と実現性が見えたに違いない。
Kシリーズの4気筒エンジンに2気筒を継ぎ足したのではないことは BMW BIKES VOL.56 で解説したが、車体の基本レイアウトはKシリーズをお手本としている。様々な課題と難問をクリアできたのは、4気筒Kシリーズでの学習と実績があればこそであった。直進安定性と乗り心地を高めるためのロングホイールベース。その小回りのきかないというネガを解消するデュオレバーサスペンション。ロングホイールべース前提ならば許される、前後に長い超前傾エンジンによる低重心。これらKシャシーの三つの相互作用的特徴を、4気筒Kシリーズ以上に有効活用したのがその成果だ。
K1600GTL の本質
「止まっているときは重いが走り出すと軽い」これはビッグバイク試乗記の常套句だ。しかし、K1600GTL についてはそのレベルが違う。大げさな表現ではなく、ちょっと走らせればスペック上の大きさや重さを完全に忘れ去ることができる。意外なことに、K1600GTL には目新しいメカはごく少ない。ほとんどの技術は従来の BMW から引き継がれた既製技術だ。それらを煮詰め直して連携させ、多機能な操作環境を整備したうえで手堅くまとめあげた感がある。いま BMW の持ちうるすべてが、ピンポイントで収束した先端にこのバイクがあるのだ。
K1600GTL の本質は、6気筒エンジン・ツアラー装備・オーディオ等の多機能・スポーツ性・小型・軽量という、ともすれば相反する条件を破綻なく商品レベルまで引き上げたプロデュース能力にあり、これまでどのメーカーもこのレベルまでやろうとはしなかった。だから K1600GTL は新しく見える。それは 300km/h オーバーのメガスポーツやレーサーレプリカを作り出すよりも、ある意味では困難なことであり、正しく評価すべきことだ。
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