最終回 ショートインプレッション
車検も無事通り、ナンバープレートが付いたので、新車セットアップの最終テスト、試運転に出かける。お客様のバイクだからダート走行はしないが、筆者もGS乗りの端くれ、興味津々だ。現状では、HP2の数少ない試乗レポートはその道の達人によるダートコース試乗ばかり。筆者のような素人視点の街乗りインプレッションはある意味貴重だ。しかも、この時点(2005年11月)でナンバーが付いているHP2は、日本でこの一台だけの可能性がある。つまり、日本の公道でHP2を走らせるのは、筆者が最初かも知れない。広報車・試乗車すらない希少なバイクでもあり、その印象をなるべく詳しく、わかりやすくお伝えしよう。
ライディングポジション
当然ながら R1200GS よりもダート向きで、ハンドルやレバー角の標準設定はスタンディングでの操作性を意識したもの。ただし、モトクロッサーのようにハンドルが近すぎることもなく、大柄な車体のせいか窮屈さは全くない。スリムな GS といった感じだ。シートからステップの距離が長いので GS より膝の曲がりは少なく、シッティングからスタンディングポジションへの移行は自然。また、ハンドルが遠めなのでスタンディングでは少し前傾気味となり、意識せずに前輪に荷重をかける (後述する) ことができる。
車体の構造上、ステップ幅は極端に狭くないが、ニーグリップは言うに及ばず、くるぶしでフレームをホールドしやすい。幅広い剣山のようなステップ形状から足の踏ん張りも利く。要するに下半身でがっちりとバイクをホールドする、ダート走行の基本に忠実に従ったライディングポジションがとれる。気になったのは右足のスネとインテークパイプが近く、モトクロスブーツを履いて座ると干渉 (スタンディングなら問題なし) しそうだ。おそらく、後述するフロントサスの影響で、GS よりエンジン搭載位置が後ろ寄りになったせいだろう。
シート
GS ほどの快適さは期待できないが、表面が固めで芯に弾力を持たせた最近の BMW のトレンドからは外れておらず、苦行を強いられる程ではなかった。他のエンデューロバイクの丸太のようなシートとは別物である。シート後半は比較的幅広で平面なので、巡航時には少し腰を引いて座れば良いだろう。
なにかと話題の足つきだが、XR や KTM といった大型ダートレーサーはもっとシートが高い。920ミリ (または900ミリ) は妥当な線だろう。もちろんこれは空車1G状態だから、人がまたがれば荷重によって車高は下がる。これを乗車1G状態といって、体重やサスの調整次第で変動する。カタログ数字などあくまで目安だ。
エアサスは 6.5Ber の標準設定で、178cm/65kg の筆者では両つま先立ちで片足なら半付き。体重に合わせて空気を抜いてセッティングすると、6.0Ber ぐらいで両足のカカトが浮く程になり、水準器は少し後ろ下がりを表示した。これに合わせてフロントサスのセッティングを出せば、なんとかなりそうだ。試しに 5.5Ber まで落とすと両足ベタ付きだが、フワフワで頼りないうえに、サイドスタンドが出せない。おそらく、フロントサスの調整範囲も外れてしまうだろう。
エンジン
R1200GS のエンジンを軽くチューンして、1200GS より 35キロ軽く F650GS より5キロ重い車体 (すべて車検証の総重量でフルタンク・フル装備の実測値) に載せたのだから、加速は俊敏かつ強烈だ。しかし、元が GS エンジンだからトルクは超フラットで、高いギアで淡々と流す走りも許容してくれる。神経質さをまったく感じないばかりでなく、車体の大きささえ考えなければ、林道トレッキングから近所の買い物に使えそうなほど従順だ。
若干ピックアップが鋭くなったエンジンフィールだが、軽量な車体に合わせてリセッティングした感があり、同じエンジンを GS に積んでも良い結果は得られないだろう。同時進行で開発していたはずの R1200S の 120 馬力エンジンを積まなかったのは正解。これ以上のパワーがあっても車体は充分許容範囲だが、ダート路面では無用の長物だろう。
バランサーが省略され、エンジン振動は GS より少し大きく感じたが、HP2 には GS のようなバーエンドのバランサーウェイトもなく、ステップにはラバーすら張られていない。新品のブロックタイヤの振動のせいかもしれないので、エンジン本体の振動なのかは判断できなかった。慣らしが終わってからの評価となるだろう。概ね、エンジンに関しては GS と同じと考えていい。
ハンドリング
フロントホイールが上下運動するテレレバーサスは、フロントホイールとエンジンをギリギリまで近づけることができる。テレスコサスはそれができないうえに、HP2 はサスストロークやホイールサイズが大きいため、GS よりも後方にエンジンをマウントしなければならない。したがって前後の実測重量バランスは、GS の50 対 50 より、HP2 はテールヘビーとなりフロントが軽い。これが HP2 のハンドリングのポイントだ。
シートにどっかり座ってダラダラ走っていても相当速いが、積極的にアクションをかけるとさらに面白くなる。ハンドル位置やシート形状・リアサス設定から察すると、前輪荷重を補う意味で前寄りに乗って欲しそうな意図が見える。予想通り、舗装路でもダートでも、前寄りに座るかスタンディングで前輪に荷重をかけ、スロットルを開けて旋回していく乗り方が似合う。ホイールベースが長いので、ダートではプッシュアンダーが出そうな感じで、轍やテールスライドを利用した走りが求められるだろう。逆に直線では、腰を引いた後輪荷重でホイールスピンを抑え、常にトラクションを失わないようにする。同時に前輪の荷重も抑えられるので、ギャップに前輪をとられて振られることが少なくなるからだ。
なお、比較的低重心のボクサーエンジンとはいえ、GS より高いエンジン位置、テレスコ故のロール軸の高さ、シート高による視点の高さ故、コーナーリングは二階から倒れ込んでいくような感覚がある。これは、GS とも他のオンロードバイクとも異なるエンデューロバイク独特のものだ。
HP2 専用チューンのメッツラー・KAROO だが、細いブロックタイヤゆえ接地面積は少ないものの、接地面にかかる圧力が高いせいか、舗装路上でもさほどのグリップ不足は感じなかった。バンク角の深さと相まって、乗り手によっては尋常ではない早さを発揮するだろう。ダート走行が主なら、もっとブロックの大きい、たとえばミシュランの T63 あたりをおすすめする。
ブレーキ
制動力は必要にして充分だが、強力とは言えない。特にリヤはもう少し効いてほしい。強く踏めばちゃんと効くので容量不足ではなく、意図的に初期制動力を抑えてあるようだ。エンデューロバイクのブレーキは、停止するためではなく速度調整と駆動力・車体姿勢制御用だ。これは、止まらないという意味ではない。必要以上に強力なブレーキを付けたところで、ブロックタイヤは接地面積が小さく、舗装路では簡単にブレークするのは目に見えている。路面ミューの低いダートではなおさら無用の長物で、コントロール性と軽量化重視で正解だろう。なお、サーボや ABS を持たないシンプルな構成なので、好みと使用条件に合わせたチューニングの余地は充分にある。
サスペンション
フロントは出荷状態、リアも標準の一名乗車 (80キロ) の 6.5Ber。ダンパーはソフトのセッティングでとりあえず走ってみた。テレレバーではないうえにサスストロークが長くエンジンのピックアップが良いので、ラフなアクセル操作では上下へのピッチングモーションが大きい。特にフロントブレーキの扱いがラフだと、大きなノーズダイブとともにリアサスも伸びきってしまい、ただでさえ高いシート高がさらに高くなり、かなり怖い。丁寧な操作を心がけ、リヤブレーキをうまく使ってスイングアームの動きをコントロールすると挙動はかなり安定する。
注目のリアサスペンションの動きは独特としか言いようがなくなりいい感じだった。それに合わせてフロントのセッティングを詰めて車体水平を出せばもっと良いはずだ。
しかし、元々はサスストロークをすべて使い切るような、ハードかつ三桁スピードのダート走行で本領を発揮する高荷重設定 (ガチガチで動かないという意味とは違う) であり、本当の評価はダートコースでなされるべきだ。これは想像だが、ウォッシュボードのような細かい連続したギャップを通過すると、跳ね気味になるような印象を受けた (後日、慣らしを終えたオーナーに確認したら正解であった)。ステップへの加重・抜き重でうまく車体を制御する必要があるかも知れない。
おそらく、林道にありがちなガレ場や泥濘地・荒れた小径などは、GS よりは楽だがやっぱりきつそうだ。車体の大きさと絶対重量はいかんともしがたいのだ。この場合、無理にバイクを操ろうとせず、路面を先読みして行きたい方向に自然に車体を向かせる乗り方が必要で、乗り手のスキルが問われるだろう。逆に、中途半端な速度よりも、大トルクと重心の低さを生かし、ダウンヒルやトライアル遊びも楽しめるように感じた。
いずれにせよ、普通の路面での抑え気味の走りで、筆者のようなへなちょこライダーにどうこう言えるレベルをはるかに超えており、HP2 の限界が見える走りとはいかなるものか、まったく想像がつかない。欲を言えば、ESA があればバイクを降りることなく設定を変えられるので、重量増にはなるがオプション設定して欲しかった。
敷居は高く、門口は広く
ある程度の経験者であれば、その見かけやイメージほど極端な乗り方やテクニックを要求されるバイクではない。軽くて引き押しもしやすく、エンジンが GS だから刺激には欠けるものの、ズボラな乗り方もできる。軽いので燃費も GS より良いだろう。積載や巡航・快適性も、GS ほどの多くを望まなければ、少々の工夫で一般オフロードバイク並になる。そのままエンデューロレースに持ち込める仕様でありながら、ストリート走行における資質も欠落していないのだ。
ただし、ファナティックなスペシャリスト達による設計チームがいっさい妥協しなかったこともあり、シート高や価格など、エンドユーザーにとって敷居はかなり高くなってしまった。しかし、オーナーとなり乗り慣れてくれば、その門口の意外な広さに驚くことだろう。初心者向けでフレンドリーとは絶対に言えないが、一定レベル以上にスキルを積み上げていけば、底なしのポテンシャルの一端をかいま見ることができるだろう。
あらゆる地形を「駆け抜ける歓び」
筆者の経験上での話だが、ホンダ XR や KTM のエンデューロモデルはシリアスなレーサーで、勝利という結果を得るための業務用という印象だった。スポーツ (遊び・レジャー) というよりもコンペィティション (仕事・勝負) マシンで、HP2 の立ち位置とは微妙に異なる。
HP2 はダート走行に特化しており、もちろん得意とするものの、「R900RR レプリカ」とか「史上最大のエンデューロバイク」というわかりやすい説明では、HP2 の世界観の一部しか表現していない。
エンジンをかけ、ローギアにシフトしてクラッチをリリース、バイクが動き出した瞬間、HP2 はまるで 250cc のオフロードバイクのごとく軽快に地面を蹴った。総じて、あらゆるアクションに対する反応速度が GS より一瞬も二瞬も早い。すべてにおいてきわめて軽快・俊敏・ダイレクトで、1200cc・105馬力の大型二気筒バイクとはとても思えない。以前乗った R100GS ベースの HPN を思い出したが、もっと洗練されており荒々しさなど微塵もない。BMW 製市販車としての体裁をちゃんと保っている。
試乗の短い時間は驚きとともに、楽しくてしようがなく、このまま河原のダートコースにでも走りに行きたかった。オプションのバッグに最低限の荷物を積み、アチャルビスあたりのサブタンクを装着して林道を含めたツーリングに出かけるのもいい。それとも中古のピックアップトラックでも買って、ダートコースまで積んで行こうか。その前に貯金と筋トレを始めないと……。妄想はどんどん膨らんでいく。
二輪四輪問わず、BMW グループのキャッチコピーは「Freude am fahren」 だ。日本語訳ではおなじみ「駆け抜ける歓び」となり、キャッチコピーとともにフィロソフィーとして有名だ。考えてみると、HP2 が駆け抜けることができるフィールドは、アウトバーンから砂漠にまでおよび、四輪を含めた BMW ブランドの中でもっとも広い。そして、HP2 の走りは「Freude am fahren」以外を捨て去ったような潔さだ。HP2 こそ「駆け抜ける歓び」そのものであり、その具現化のピュアさにおいて、BMW ブランドの頂点に立つマシンと言えるだろう。
あとがきにかえて「HP2 に触れて感じたこと
HP2 とはいったい「ナニモノ」なのか
BMW は、1200GS のデビュー以来、スポーツ路線を重点的にラインアップを拡大させている。ST と RT で一息つくのかと思っていたら、K1200S・R・HP2 と続き、さらにR1200S・K1200GT・F800S・ST・R1200GS-ADV とその新型車投入ぶりには驚くばかりだ。BMW 二輪部門は日本の4メーカーとは比較にならないほど小さい。生産規模を考えると異常なまでのハイペースである。そのニューモデルの中でも HP2 は異質だ。特例といってもいい。
HP2 は突然降って沸いたモデルではない。かなり以前から人目を避けることなくラリーイベントを走っており、ネット上でも知られていた。ただし、好き者が作ったカスタムバイクと思われており、BMW のカタログモデルになるとは予想されていなかったようだ。なぜかというと、こんなモノをメーカーが生産ラインに乗せても、採算が合うワケがないからだ。
HP2は「売れる商品」なのか
HP2 と他の車種との決定的な違いは、生産台数 (販売予想台数) だろう。BMW ユーザーが重視する、旅バイクとしての実用性は R1200GS と比べると数段落ちる、というか無いに等しい。ツーリングバイクとしての乗り換え需要は望み薄だろう。
レーサーベースと解釈しても苦しい。一部の例外を除いて、メジャーなラリーイベントでは 1200cc のツインが参加できるクラスがなくなりつつあり、2007年以降、450cc以上はエントリーすらできなくなる。現在でも、総合的にみてシングルエンジン車が有利なので優勝は難しい。つまり 1200 ボクサーエンジンを選択した時点で、レーサーとしての価値を低めているようなものだ。
趣味のスポーツバイクとしては、その道のマニアのツボを突いているし、ダート走行のポテンシャルはトップクラスだが、車体が大きく、スピードレンジ・価格ともに高すぎる。どう考えても、このバイクの需要はごくわずかだ。
HP2は「儲かる商品」なのか
HP2 は「限定生産」ではなく「受注生産」である。聞くところによると、とりあえずの初期ロットは 300台程でそのうち日本に入ってくるのが 20数台らしい。企業の規模から考えるとワンオフのカスタムバイクと大差ない。そのたった数百台の HP2 のために、専用カタログ・販促 DVD を作り、専用アクセサリーを制作している。ビジネスとして考えるとまったく存在意味が薄い。製造コストを回収することはほとんど絶望的だ。初期投資や開発コストを考えると商品企画がよく通ったものだとあきれてしまうほどだ。
つまり、いまのところ、HP2 には「目的」が見えない。BMW 社内のスキモノ達が予算と時間、設備や材料・コネを使って同好会のノリで作ったお遊びバイクとしか思えない。
儲けたいんだか損したいんだか、よくわからん「商品」だ。
HP2はなぜ「高価」なのか
HP2 の場合、値段の高額さをわかりやすく納得させる要素がほとんどないのがおもしろい。装備品は最小限だし、見た目にコストのかかったパーツ (某社の削りだしキャリパーとか黄色いスプリングのサスペンション等) や目新しいハイテクの採用などない。チタンやカーボン等の一般ウケしそうな素材や、これ見よがしなアルミ削り出しパーツなど見あたらない。
ところが、HP2 は他車からの流用部品があるものの、フレーム・前後サスなどの大物から、小さなプラスチック部品に至るまで数百個単位の専用部品だ。たとえば、タンク側面のカバーはなんの変哲もないプラスチック製だが、たった数百個のこのパーツを作るために高価な金型を造り、材料もこれだけのために用意されたものだ。極めつけはキルスイッチの小さな赤いレバーで、GS のスイッチ ASSY を流用しても誰も文句は言わないはずだが、わざわざそのレバーだけのために、専用パーツを設定するなんて、ちょっとありえない。
昔のビモータと同じく、どう考えても安価に作れるわけがない。一台あたりのコストは相当なものだろう。嘘か本当か知らないが、BMW の巨大な工場の隅で職人さんが一台一台組立てているという話もあるほどだ。
HP2は「広告塔」なのか
スポーツ路線の広告塔・象徴としては、パリダカ等の優勝マシンでもないかぎりメディア露出は少ない。そもそも BMW は KTM のようにダートバイクを主とした商品構成ではないから、販促効果も弱い。たとえ、ビッグエンデューロバイクのシェアを独占できたにしろ、その絶対数自体が少なすぎる。
たとえば、ホンダの RC30 や NR のように少量しか売れなくても、注目を浴びてメディアに露出し企業イメージアップ用の広告塔と考えれば、割り切った造りが可能だ。もちろん高額になるが、量販車には使えないような高価なパーツや手の込んだ造りをすれば、高額さが付加価値として認められるし、かえって歓迎されるだろう。ところが、ものすごいビッグエンデューロバイクを作ったにしろ、正直いって GS ユーザーですら関心は薄いだろう。エンデューロバイクは普通のバイク乗りの興味の対象から大きく外れているからだ。
HP2に「いじる楽しみ」はあるか
メインテナンス性に優れるのは HP2 の美点だ。外装部品は2サイズのドライバーがあればきわめて短時間で簡単に分解できる。付属するマニュアルの充実ぶりは異常な程で、トリセツにはサスセッティングの方法にページが割かれており、別にスポーツ走行後のメインテナンス本も付く。驚くべきことにディーラーメカ支給用のモノとまったく同じサービスマニュアル CD (日本語版) も付属する。これらは HP2 のオーナーだけが知るサプライズなのだ。さすがにオプション扱いだが、ファコム社 (欧州最大の工具メーカー) とのコラボレーションにより、プロ並かそれ以上の品質のツールセットが用意される。BMW 純正特殊工具セット (本来は非売品) すらラインナップされる。このような扱いは歴代 BMW 初だ。BMW ワークショップから遠く離れた場所であっても、ラリーチームかオーナーによって完全なメインテナンスが施され、本来のポテンシャルを発揮できるように配慮されているのだ。
HP2は「レーサー(レプリカ)」なのか
筆者は以前、R100GS ベースの HPN (長距離ラリーバージョン) や KTM620 ラリーをメインテナンスしたことがある。HPN は2バルブ GS をダートロードで快適にハイスピードで走らせる、にポイントを絞ったハンドメイドマシンだ。フレームには縦方向にたくさんの補強が入っており、仕様もあるが、どちらかといえば直進安定性重視で、小回りはライダーの技量に任せたところがあった。無骨で迫力満点だが、普通に長距離ツーリングに使えそうなほど乗りやすかった。
KTM は完全なラリー車で、ワンレースごとにメインテナンスし、ワンシーズン走ったらニューマシンに乗り換える (勝つために) ことを前提にしたマシンだ。量産車でありながら、塗装も簡素で部品はバリだらけ。セルモーターを筆頭にラジエターファンや冷却水のサブタンクもなかった。ただし、速さだけは飛びっきりだった。
HP2 は、きわめて少量生産のピュアなエンデューロバイクでありながら、造りや走りに粗さをまったく感じない。他の BMW バイクと比べると極端に見えるが、BMW のカタログモデルとして恥ずかしくない仕上げがなされている。ベースが HPN 社のラリーレーサーだが、HP2 はあくまで BMW の一般スポーツ市販車の範疇から外れていない。
HP2は「特別」なのか
見る人が見れば HP2 は「タダモノでは無さ加減」がわかるはずだ。外装は転倒や汚れることを前提に意図的に表面を粗く仕上げ、汚れや傷を目立ちにくくしている。これは塗装やメッキ処理よりもコストがかかる。グレーのプラ部品は塗装でなく着色だから、傷ついても目立たない。鋳造部品の肌もきれいで、塗装はすべてパウダーコーティングで非常に強靱だ。人の手による溶接部分が多いし、外装の小さなビスは緩み止め細工がされたステンレス製だ。いかにもそれらしいディテールだが、これらはカタログにもほとんど謳われていない。
これは、ダートスポーツバイクとしての実用面もさることながら、「見る人が見ればわかる」からあえて説明していないのだ。HP2 は、見た目を気にしていないようで、実は非常に計算された「リアルな演出」がなされている。ここでいう「見る人」とは、なんも説明が無くても HP2 の「特別」さとその意図を理解し、走りを想像でき、そこに価値観を見いだせるエンスージアーストだ。HP2 の遊び方をイメージできる「特別」なダートライダーでもある。HP2 は「特別」なバイクだが、もっと「特別」なのは HP2 を選ぶ人だ。
HP2の「魅力」とは何か
シートを低くして、もう少し大きなタンクを装備し、タンデムや積載を考慮した仕様にすればもっとたくさん売れるかもしれない。しかし、HP2 に快適装置を足していっても本来の持ち味をスポイルして魅力を失うだけだ。HP2 は GS の引き算でできあがったバイクではない。逆に、GS からいろんな装備や能力を捨てていっても、HP2 にはならない。GS と HP2 の本質は根本的に違うのだ。
HP2 の魅力は割り切った造りと運動性能にある。HP2 にはオマケがないのだ。ダートライディングの楽しさ以外は何もない。その「潔さ」が最大の魅力だ。HP2 には「目的」がないと前述したが、「ライダーを喜ばせることが唯一の目的」と訂正しよう。
HP2は「GSの至らなかったもう一つの道」
もともと、GS シリーズのルーツは60 ~ 70年代の ISDT エンデューロマシンで、市販車としては 80年の R80G/S から始まった。あえて極端なダートバイクというキャラクターを与えなかったことで、多くのライダーに支持され、1100GS 以降はダート走行をもいとわないオールラウンドスポーツツアラーとして、BMW の屋台骨を支えるヒットモデルとなっている。結果的に「GS の至った道」に間違いはなかったわけだ。
HP2 は初代G/Sがあえて選択しなかった、レーシーなダートスポーツバイクとしての道があったとしたら……そしてそれが現代まで続いていたなら…という、25年間を経た隔世遺伝というべきバイクだ。R1200GS と HP2 エンデューロは、生まれと同時に生き別れになり、別の道を歩んだ兄弟の25年ぶりの再会なのだ。
分解レポート HP2エンデューロ編 メニュー
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