BMW流ライトウエイトスポーツ
F800S/STの魅力とは
排気量800ccの並列2気筒エンジンを搭載したスポーツツアラー。これまでの路線とはまったく関連性が感じられないF800S/STの概要が伝えられた時は誰もが耳を疑ったはずだ。しかし、両モデルが日本の道を走り始めてから2年の月日が流れ、同じエンジンを搭載したF650GSが姿を現した現在、2つのシリンダーが横に並んだこのエンジン形式がラインナップの一角にしっかり根付いたことを疑う余地はない。今回の特集では、このエンジンを搭載した第一走者としての重責を見事に果たしたF800S/STの魅力を取り上げた。
なぜ並列2気筒?
その理由を探る
英国では1930年代、日本では1960年代と1970年代に徹底的に開発され、シリンダーレイアウトの古典的形式のひとつとも言える並列2気筒エンジン。現行車種の採用例も少なくなった現在、なぜBMWは排気量800ccの並列2気筒エンジンを選択したのだろうか。
もちろんこれには理由がある。まず、800ccという排気量に関していえば、このクラスは現行ラインナップにぽっかりと開いた穴、モデルレンジの空白地帯となっていた。他メーカーの動向や新規ユーザーの獲得を考慮すれば、BMWはこのクラスのモデルを早急に拡充する必要があったと言える。そして、シリンダーのレイアウトに関しては、シンプルなデザイン、効率的な生産、コンパクトな設計、マスの集中など、多方面からの検討が行われたはずだ。さらに、このエンジンが搭載されるであろうモデルレンジを想定すれば、安価であること、他メーカーに対抗しうる性能を発揮すること、日常使用を前提とした多目的エンジンであることなどが条件に加わったことだろう。
そして、完成したこのコンパクトなエンジンを見れば、これらの条件を高次元でクリアする形式が並列2気筒エンジンであったことは多くの方が納得できるのではないだろうか。排気量とシリンダーレイアウトに関しては、極めて合理的に決定されたと言えるのである。
宿命を克服し汎用性を高めた
BMWのアイデアと先進技術
この古典的シリンダーレイアウトを採用した新型エンジンに、優れた汎用性とスポーツエンジンとしてのキャラクターを与えたのが、BMWの先進技術とアイデアだ。
まず、BMWが選択した360度クランクの並列2気筒エンジンの場合、横に並んだ2つのピストンは同時に上下動を行う。そのため、発生する不快な振動を抑制するためには、その慣性力を可能な限り相殺しなくてはならないという宿命を持っている。この問題を解決したのが、専用のクランクとロッドを組み合わせたバランサー機構だ。この仕組みによりエンジンの振動は効果的に抑制され、高回転が可能となった。さらに、振動が軽減されたことによりエンジン自体を小型軽量化することにも成功しているのである。また、F800S/STの駆動系にはローメンテナンスで軽量、コスト面でも有利なベルトドライブ、F650GS/F800GSではオフロード走行に対応したチェーンドライブが採用された。多目的エンジンとしての汎用性の高さは、早くもBMWのモデル拡充によって実証されつつあると言って良いだろう。
その他、並列4気筒のKシリーズ用エンジン、ひいてはF-1直系とも言えるバルブ周りの設計や、コストはかかるがエンジンの小型化に寄与するドライサンプ方式の潤滑など、数々の最新技術とアイデアが投入されている。生産性など合理的な理由だけで開発された一般的な並列2気筒エンジンとは一線を画す仕上がりとなっていることは明らかである。
突出した性能は皆無だが
何故か速いF800S/STの乗り味
F800S/STの車格は多くのライダーにとって魅力的に見えるのではないだろうか。普段もっと大排気量のバイクに乗っているライダーには、自由自在に扱えるという期待感を与え、エントリーユーザーにとっては「これなら何とかなる」、という安心感をもたらすサイズだ。実際には車重は200kgを越えているし、超コンパクトというわけではないのだが、ツーリング時の使い勝手や乗り心地を考えると絶妙な大きさと言える。実際にエンジンを始動して走り始めても、この印象が変わることはなく、やはりこのほどほどの大きさの車体がもたらすメリットは大きいと気づく。コンパクトな並列2気筒エンジンを中心として、見事にマスが集中した運動性の高さは明らかなのだが、ライダーがなんらかのアクションを加えない限り、車体はしっとりとした安定感を見せるのだ。それゆえ、クルージングも予想以上に快適。右手の動きに対してエンジンの回転は軽やかかつ滑らかに反応するのだが、トルクの出方が唐突ではないのでライダーの疲労を誘うようなこともない。このあたりはF650CS以来の採用となるベルトドライブも貢献していることだろう。SとSTでポジションの違いはあれど、エンジン特性などの乗り味に関しては十分ロングツーリングに対応できるものだと感じる。
一方、ワインディングに足を踏み入れるとF800S/STはライダーの技量に応じた走りを披露してくれる。エントリーユーザーや飛ばしたくないライダーは、右手の動きを遠慮がちにしておけば、並列2気筒エンジンの穏やかな部分を使ってワインディングを舐めるようにクリアできる。また、腕に覚えのあるライダーやチャレンジしたいと考えるライダーの場合は、F800S/STの軽快な運動性を利用して、とことんワインディングを堪能することができるだろう。フロントタイヤに荷重を集中させたままアプローチするような、最新スーパースポーツと同様のコーナーリングすら楽しめる設定だ。しかしそれは、F800S/STが隠し持っていた過激さが顔を出すからではない。エンジン出力やハンドリング、ブレーキのストッピングパワーなど、個別の要素としてはF800S/STに過激な部分も突出した性能もない。しかし、それが1台のバイクとして集約されると、とても速い。4輪の世界では、小型乗用車用のエンジンを搭載した軽量スポーツカーを「ライトウエイトスポーツ」呼ぶことがあるが、F800S/STの乗り味はこれに近い。突出した性能がない分バランスが良く、それがライダーの積極的なコントロールを可能とし、結果的に速く楽しい。BMWはこの並列2気筒エンジンの開発時に、エンジン特性や排気音に関して、ボクサーエンジンを参考にしたと言われているが、こうした乗り味に関しても何故かライダーを安心させるボクサーエンジンの影響を色濃く感じることができる仕上がりだと言える。
F800S/STは戦略的で魅力的なモデルだ。イタリアンバイクのようなデザインに、アルミツインスパーフレーム、そして並列2気筒エンジン。ほとんど全ての要素がこれまでの文法には当てはまらない。しかし、その乗り味の中にはBMWらしさがしっかりと活きている。ライダーに安心感を与える安定性や予想外の速さ、ABSの完成度、パニアケースの利便性など、BMWとしての味わいは一通り盛り込まれている。新規ユーザーにその味を覚えてもらうには最高のメニューだ。また、既存ユーザーがこのモデルを増車する例も多いと言う。これはその乗り味の中にBMWらしさが感じられるからだろう。一見さんにも常連さんにも喜んでもらえるF800S/STは、有名レストランの味がリーズナブルに味わえるランチメニューのような存在なのかもしれない。
単純には決められない
SとSTの僅かな違い
前章ではSとSTの乗り味についてはあえて言及しなかった。実は両モデルの走りの差はそれぐらい僅かなのだ。STはバーハンドルの採用によりややリラックスしたポジションで、Sよりも大型のカウルやウインドスクリーン、センタースタンドなどを備える。これら装備品の重量や装着されるタイヤの銘柄も異なることから、ハンドリングもやや穏やかなものとなっており、STはその見た目通りSよりもロングツーリングを意識したモデルだと言える。この差を僅かと考えるか否かは人によって異なると思うが、装備品による味付けの違いは乗る時間の長さに比例して大きくなっていくことだろう。走り自体に大きな違いがないのだから、どちらを選んでも後悔することはないと思うが、この魅力的なライトウエイトスポーツを購入するのであれば、両者の違いを慎重に検討してほしい。
アクセサリー電源ソケットはメインフレーム右側に配置。跨ったとき、ちょうど膝の下あたりに位置する。 | エンジン前部にあるスターターモーターは、バッテリートラブル時のジャンプスタート端子を備えている。 | エンジン後部、メインフレーム奥に見えるのはボッシュ製2チャンネル式ABSコントロールユニット。 |
飛び石や砂利などの異物を噛まないように、ベルトを保護する大型カバーを装備。ベルト下部の広範囲にカバー。 | 燃料タンクはシート下に配置。給油口は右側に位置し、ノズルの挿入部分はやや細いが給油は楽になった。 | タンデムや荷物の積載に備えてワンタッチ式の光軸調整を備える。レバーを下げると光軸も下がり、戻すのも簡単。 |
BMW Motorrad F800S
■サイズ=全長2080mm×全幅740mm×全高1160mm
■シート高=790mm(空車時)
■タンク容量=約16.0L
■4ストローク並列2気筒
■価格=131万円(High Line)
116万3000円(Active Line)
BMW Motorrad F800ST
■サイズ=全長2080mm×全幅770mm×全高1160mm
■シート高=790mm(空車時)
■タンク容量=約16.0L
■4ストローク並列2気筒
■価格=140万3000円(High Line)
122万4500円(Active Line)