第11回 シート完成
- 掲載日/2007年02月03日【365日BMW Motorrad.宣言】
- コラムニスト/K&H 上山 力
オートバイを操る喜び
それがわかるシートが完成
試作品のシートでいろいろな道を走るうちに気付いたのは、走行中直進している状態がより明確に分かるようになったことです。逆説的にはステアリングの切れ始め(曲がり始め)を、ライダーである自分が感じられるようになりました。どういうことかというと、今まで直進から緩いコーナーを曲がり始めても、なんだか「ぼやー」っとしていて曲がっているのかまっすぐ走っているのか掴みにくかったのです。それが、「ちゃんと真っ直ぐ走っている!」と感じたのです。どの速度域に関してもそう感じました。そして、曲がり始めるときに「すっ」とステアリングが切れだす瞬間が手に取るように分かります。それはきついコーナーでも同様でした。
何度かこの連載コラムでお伝えしてきましたが、R1200RTというオートバイは、「ライダーが真っ直ぐ走らせる乗り物」だと思います(それに関してはまた次回に)。真っ直ぐ走らせ、バランスを崩すのがライダーの仕事。それがオートバイを曲げるということだと私は考えています。ハンドルでステアリング操作をするのではなく、下半身を使って車体へ伝えるというは前回もお話しました。それが分かるようになると「じゃあ、ステアリングってどこにあるの?」、「ステアリングはどうやって切るの?」と、今まではオートバイに乗らされていたのに気が付き、オートバイに乗る(操る)ということを意識するようになります。そして「テレレバーは何のために作ったのだろう? パラレバーは?」と、どんどんこのR1200RTというオートバイについて考えるようにもなりました。自分なりに少しずつ答えを出すことができると、俄然走らせるのが楽しくなってくるものです。やっとノーマルシートのような椅子ではなく「R1200RT用の操縦席を作れた!」と思うことができました…。最後の仕上げとして、発売までには何種類かの硬さの違うシートを試し「これだ!」と思う硬さに決めました。もちろん、このシートでさらに3000km以上のテストをし、発売開始することになったのです。K&HがBMW用のシートを製作しはじめ、一つ目の製品がついに日の目を見ることとなりました。
リアに乗る人も楽しんで欲しい
リアシートにもこだわってみました
次にR1200RT用シートの第2弾として、リアシートを作ることに。ノーマルのリアシートに乗ったことがある方はお分かりだと思いますが、とても前傾斜が強く、優雅な気分では乗れません(笑)。減速時にはライダーのヘルメットにコツーン! お尻の皮だけが前のめり! 自分でも後ろに乗ってみてびっくりです。以前、何度もテストで後ろに乗せてきた妻の意見も取り入れ、ノーマルリアシートには無いシートベルトを追加することにしました。座面の傾斜を見直し、加減速時に踏ん張りの利く形状にして、取り付け方法もノーマルに準ずることにします。何度も原型で実走テストをし、それから型を起こす、ハイシート製作時と同じ方法を取りました。試作品が出来上がったのはテスト予定の前日深夜でした。そして翌早朝、スタッフの青鹿と共にテストへ出発することに。
目的地は能登半島! しかも日帰りです(笑)。富山に住むお客さんに能登半島を案内してもらえることになり、富山インターで待ち合わせとなりました。富山インターまではちょうど400km。200km交代でテストすることにしましょう。今回のテストはリアシートがメインです。肝心のすわり心地はインカムで会話していなかったら寝てしまいそうなくらい快適。交代が近づいても「このまま走ってくれ!」と思ってしまいます(笑)。交代した青鹿も同じことを言っていました。妻の助言で付けたシートベルトも良い仕事をしてくれます。両サイドのグラブバーと交代で掴むことが出来るため、左右の手を前や横に掴み換え姿勢を変えることができ、加速時も踏ん張りが効きます。座面の傾斜を適正化し、前後はストッパーとなるよう膨らみをもたせたので、お尻が不意に動いたり、お尻の皮が突っ張ったり、ライダーにコツーンとぶつけることもありません。試作品のリアシートの出来に感心していると、あっという間に富山に到着。
案内してくれる方と合流し、「千里浜と能登半島を走って、海の幸を満喫したい。」と告げ出発です。漁港にて新鮮で美味しいお刺身をいただいた後、千里浜へ向かいました。千里浜はおよそ8kmあり、車が通れる国道としては唯一の砂浜で、全国的に有名です。普段は砂も硬く締まっていて2輪車でも走りやすいらしいのですが、生憎の雨で砂浜はウエットサンド。折角東京から来たので、ロードタイヤでしっかり危なげなく(?)堪能しました。結局、能登半島は記録的な量の黄砂が降り、半周しかできませんでした…残念。案内してくれた方のお家で美味しい食事と温かいお風呂をいただき、早速復路へ! この時点でPM11:00(笑)。帰りの北陸道は突風と雨で、時速50kmでも真っ直ぐ走れず、怖い思いをしました。帰りの妙高高原では-4℃の凍える寒さで、東京に着くころには朝のラッシュアワーに巻き込まれ、眠気と戦い家路に着いたら妻は出勤直前でした。結局、26時間+1032kmの日帰り(?)テストになりましたが、シートに関しては快適で、とても良いテストができました。
楽なシートではなく楽しくなるシート
これがK&Hのシート開発コンセプトです
今度はハイシートと同様のコンセプトで、ノーマルシートと同じシート高のローシートを製作します。ノーマルシートと同じシート高でも、シートの幅を絞り、足をなるべく真っ直ぐに下ろせるような形状にします。そうすれば咄嗟に足を出した時にも瞬時に対応でき、車体を支える時にも踏ん張りも効きます。さらには、ノーマルシートよりもスポンジの沈み込み量が少なくなるので、(ノーマルシートは柔らかすぎる)乗車位置が少し高くなり、ハイシートと同じような効果も期待できます。足つきのことだけを考えるなら低ければ低いだけ良いのですが、R1200RTの場合はサイドカウルの幅があるのでノーマルシートより低くしても、それほど恩恵を受けられません。それは、シートを車体から外して跨ってみるとすぐに分かります。低い位置に座っても、サイドカウルが内腿に当たりがに股になってしまうだけで足先に力が入らず、車体を支えにくいのです。これでは足つきが良いとは言えません。低くすれば多少足が付く量は増えるかもしれませんが、デメリットの方が大きいと判断しました。ノーマルシートより低い乗車位置にすると、ステップやハンドルとの位置関係も悪くなり、どっかりとシートに座らされてしまい、同時にオートバイに乗らされてしまうと考えたからです。それでは自分が考えるオートバイの操縦席とは呼べません。
試作に入ると、ハイシートの時のデーターも手伝って、原型で何度か試乗した後すぐに決定できました。そして、試作品も上がり早速テストにでかけることに。跨ってみて最初に感じるのは、足を真っ直ぐに下ろせるようになり車体を支えやすくなったこと。足のつく量も多少増えています。2段階調整の下側にセットし乗車すると、自分の身長172cmでは膝の曲がりが少し窮屈に感じます。とはいっても、ノーマルシートよりは乗車位置が高くなっているので、いくらかは緩和されています。タンクに繋がる部分の形状をハイシート同様に工夫したので、極自然にニーグリップができます。長時間ニーグリップし続けても足の付け根が痛くなりません。というより自然とニーグリップしてしまいます。下半身の緊張は増えましたが、上半身はとてもリラックスでき、これのおかげで腕・肩・首・腰への負担が軽減されますし、ハンドルにしがみついてステアリング操作を阻害しないで済むようになりました。高い位置、低い位置の両方を乗り比べて上記の恩恵があり、ノーマルシートから変更することへのデメリットは一切ありません。ノーマルシートと比べて格段に楽しくなっています。
自分が考える良いシートとは、単純に『楽』する為のパーツではなく、オートバイに乗るのが『楽しく』なる為のパーツだと考えています。ツーリングへ出掛け、帰路で『もう着いちゃった。また来週も行きたいな。』そんな風に感じられるようなオートバイ、シートにしたいのです。一年掛けやっとそんなシートができ上がりました。こうしてR1200RTのシート作りは一旦完結します。コラムはまだもう少し続くので、引き続きよろしくお願いします。次回は、シート開発の過程で気づいたこと「R1200RTというオートバイはどういった乗り物なのか? また「BMWというメーカーは一体どういうメーカーなのか?」そんな話をしてみたいと思います。
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